お侍様 小劇場

   “甘い夜長に…” (お侍 番外編 35)
 


もう何度見上げたか判らない壁掛けの時計。
止まっているのではなかろうかと手を伸ばしかけ、
はっとしてその手を宙で止めるのも、やはり何度目のことだろか。

お帰りが不定期なのは仕方がない。
社会ではまだまだ若造な年頃に属す身で、
だのに、早くも管理職に就いておられる御主であり。
役員づきの秘書室長というその肩書では尚更に、
毎夜きちんと帰宅なされること自体が、
随分と大変な負担に違いないのにね。
こうして独りで留守を守る自分が寂しがらぬようにと、
会社が仮眠用にと常時リザーブしているホテルにも泊まることなく、
真夏でも真冬でも、
決算集中期でも年末でも、
日付の変わらぬうちにと戻って来てくださる勘兵衛様だから。

 “寂しいだなんて思っていたら、罰が当たる。”

ゆるゆるとかぶりを振ると、
それでも論文用にと読んでいたテキストからは手を放し。
そこへと挟まれてあった絵葉書のほうを、
手に取った七郎次であり。
濃い緑は夏の風景か、
いやいやあの辺りは常緑の杉林もたんとあったな。
凛とした風情の木立を撮った写真の裏、
いかにも子供の、だが生真面目そうな字が綴られてあり、

 『正月は いつ来るのですか?』

やはり寂しがり屋な木曽の次代様からの、
年末年始の訪のいを早くも問うた、かあいらしい催促のお便りで。
先にお逢いしたときは、
そんなに間があった訳でもなかったのに
随分と背丈が伸びてらしたのを思い出し。
今度逢うときはこちらの肩まで届いているやもしれぬと、
そんな話をしたことまでもを思い出す。

 “でも、だとすれば。”

もう抱っこという訳にはいきませんねと、
こうやってお兄さんになられるのですねというつもりで言ったのに。

 『〜〜〜〜〜。////////』

何でだろうか、少々ご機嫌が傾しいではなかったか。

 “今時の子は背丈が伸びて大きくなるの、あまり喜ばないものなのかなぁ。”

そんな見当違いな想いを胸中で転がしておれば、

 「…。」

玄関のほうから何かの気配。
それから続いて鳴り響いたのが、軽やかなチャイムの音であり、

 「あ…。////////」

葉書を戻すと、そのまま立ち上がり、
駆け出すも同様の勢いで玄関までを一直線に向かう。
土間へと駆け降り、鍵を解いて扉を開けば、

 「起きておったか。」

責めるではない、だが、困った奴だと言いたげな。
あごにお髭の似合う精悍なお顔の御主が、
やっと帰って来てくださって。

 「あ…えと。お帰りなさいませっ!」

あわわと框へ上がり直して、
膝をついてのあらためて見上げれば。
夜気を含んで冷ややかな、スーツの深色もよく映える、
男らしいお顔が優しくほころぶ。

 「…。///////」

あああ、何で慣れないものだろか。
いつもいつもつい見ほれてしまう七郎次なのへ、
今宵もやはり口許の笑みを濃くなさり。
それから、

 「これは土産だ。」
 「は……?」

書類の入ったブリーフケースと重なっていたのが、
さして派手ではない包装紙に包まれた、薄くて軽い箱一つ。
差し出されるままに受け取って、だが、
まずはお着替えをと寝室まで共に向かい、
風呂は後でいいからと仰せなのへ、それではと晩酌の用意をし。
このところ好んで飲まれている日本酒の熱燗と、
サワラを丁寧に炙ってユズを添えたもの。
身を落ち着けられたリビングまで運んで差し上げて、さて。

 「あの…これって。」

開けてもいいですかと目で問えば、
温かい色合いのニットのカーディガンを羽織られた御主、
目許を細めて頷いてくださる。
店名など何も記さぬ包装紙は、だが、
裏の合わせに賞味期限が記されていて、
生物、お菓子らしいというのが判り。
丁寧に剥いで出て来た、やはり真っ白いばかりの箱、
蓋を持ち上げて開けてみやれば、

 「………あvv」

あああ、ついつい口許がほころぶのが隠せない。
同封されてあったしおりを見るまでもなく、
和菓子の老舗、獅子尾堂のじょうよ饅頭で。
たまにデパートまで出掛けると、地下街の支店で必ず買うほどの、

 「好物であっただろうが。」
 「あ、はい…。///////」

そっか、本店は勘兵衛様の会社の近くにあったんだ。
それをわざわざ買って来てくださったらしいと、
お饅頭以上にそのお心使いが嬉しかったものの。

 「……。」
 「いかがした?」
 「あ、いえ、あの…。//////」

年端も行かぬ幼子のように、跳びはねてまで喜んでくれとは言わないが、
それにしたって、喜んでいるにしては妙なテンションではなかろうかと。
いやに静かな七郎次であるのへと、
盃を持ったままで勘兵衛が怪訝そうな顔をすれば、

 「これってとっても人気があるお菓子なんですよね?」
 「? ああ、そうらしいの。」

店の前から舗道に沿って、結構な行列が出来ておったが、と。
そんな言いようを付け足されたものだから、

 「あ、えと、まさか並ばれたのですか?」
 「まさかも何も、並ばねば買えぬであろうが。」

全部を聞き終わらぬうちにも、どひゃあと慄き身がすくんだ七郎次であり。

 「そんな…勿体のうございます。」

ただでさえお疲れの帰り道だろうに。
だのにこんな、余計なことへの寄り道までなさっただなんてと、
まだまだ気の小さいところの色濃い供連れの青年が、
困ったように眉を下げたのへ、

 「何を申すか。」

先程、箱を開けた瞬間の、わあと綻んだお顔のためならば、
たかだか30分ほど立って過ごすくらい、
なんて苦でもありはせぬぞと、
可笑そうに愉しげに、微笑って下さった御主であり。

 「さあ、堅くならぬうちに食わぬか。」
 「はい。いただきます。」

白磁の箸おきのように小さな、雪うさぎを模した形のお饅頭。
白い指先に掬い取り、口に運べば。
しっとりしているのに ほわりと解ける生地と、
しつこくはない餡のバランスが絶妙で。

 「久し振りです。なんて美味しいことvv」

ほくほくと喜ぶお顔が、勘兵衛の側にも美味しい肴。
かわいらしいことで、十分に盛り上がってしまえる、
まだまだ出来立ての可愛らしいご夫婦で。


  ただ、


  “でも、出来れば。
   並ぶのに使われたその 30分を
   帰って来るお時間へ回してほしかったりもしたのだけれど。”


そんな風にも思った新妻だったことは、あなたとわたしの ひ み つvv




   〜どさくさ・どっとはらい〜  08.11.22.


  *な〜んやこれ。(大笑)
   いい夫婦の日に寄せて、続いては勘七 小劇場で。
   お粗末様でしたvv


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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